時代を超えて、愛され続ける理由。
メルコ3533  <糸ドライブプレーヤー> モノ語り

メルコ 3533 モノ語り 2/堀 興雄

当時のうたい文句は「慣性モーメント3.5トン」もうムラムラきた。

出会いはどんな感じでしたか?

オーディオ雑誌で、ひと目見た時これだと思いました。大本命が来たっていう印象でした。当時のうたい文句は「慣性モーメント 3.5 トン」と書いてあった。これどういうことだ?という印象でした。

一番いい物を手に入れ、後悔や買い替えをしなくて良いモノを選びたかったんです。そこで第一産業(今のエディオン)ですぐに注文。メルコに注文した順では、トップ 10 に入ってると思うよ。

3533 を購入した時期に熱を入れていたのはアンプ。真空管 GE211 のシングルアンプです。でっかくて立派な球だよ。
211 というと、プレート電圧が 1000V 駆動するので、組み立てには「命の危険があります」というふれこみだったなぁ。
これを見たら「やらねば!」と奮起して自作しました。どうも、3533 といい、アンプといい、キャッチコピーに刺激される傾向があるなぁ。もうムラムラくる。

そうして常に刺激を求めています。値段が高い安いではなく、質の向上にはまっしぐらに走っちゃいます。国立福山病院を辞め、開業をしました。その時も、カールツァイスの顕微鏡を早急に入手したかったし、学会で発表するために手術映画がつくりたくてね、機材を買う予算執行まで待てなかった。結局その映画はハンガリーとアメリカの学会で発表して賞をいただきました。やるぞとスイッチが入ると、とどまっておれん性格なんですね。

3533にお持ちの印象は?

3533 は私の癒しです。正確に音をトレースしてくれる。
ターンテーブル側面の鏡面がブレ無いところは、見ていてほれぼれする。スゴくいいんですよね。40 年、毎日のように回していますがちびらない(軸が減らない)。これを量産するのは大変だったと思いますよ。旋盤か何かで削り出すんでしょうけど、あの技術は凄いなぁと思います。さらにターンテーブルの内側に、制振材がはまっているから、銅鐸の様に響かない工夫に関心しますよ。

モーターは油が足りないと「シー」って軸の音が出るんです。裏蓋を明けて注油。ターンテーブルは音はしないけど、カテラン針(医療用)にスクアランオイルを入れ、針先をちょっと曲げてね。三脚の間から手をいれてね、半年に一度注油しています。あとね、やっぱり 3533 は私にとってプレーヤーの理想型なんですよ、ノイズの元になる電源も離れている。
動力部も離れている。ってことは磁力からも離れている。だから非が無い。そういうことなの。

ドライブ用の糸は絹糸を使っています。太めのを選んでいます。実験してみたら音が違うのよね。プラスチックの糸でもやってみた。やっぱり絹糸がいいな。オリジナルは絹糸だからね、鬼結びにして、結びこぶをターンテーブルにあたらないように外側にしてね。ほんと糸の違いは音の違いにつながるので、いろいろ探りました。ターンテーブル上は、ハネナイト(防振ゴム)シートを置いてます。これで音の腰が座りました。アームは細かなバランサーが無くて簡単に使えるデノンです。私は安心感が一番です。

エピソード・SP 盤との出会い

子供の頃、父親が新物食いで、蓄音器をつくったの。東条英機の演説や、ベルリンオリンピック「前畑ガンバレ!」の応援中継、後は童謡が数枚かな。今思えば、わざわざ蓄音機作ってまで聞くものじゃ無いと思うんだけども(笑)
でも箱に入れて SP 盤を大切にしてましたねぇ、戦後も持ち歩いた。当時は、聞く姿勢が乱れると、音に悪いからって怒られたりして、正座して聴かされました。そんな思い出もあって、もう一度 SP 盤の再生を試みたんです。

高校の文化祭でドーナツ盤聞いた時。その後、すんだ音に魅了された。気になってレコード盤の曲をみて「グレンミラー」ってメモしたり。そうしてオーディオに興味を持った。けど金が無いから自分でつくれんかな―と。これがはじまり。
就職してからアンプを作った。プレーヤーはよう作らんかったなぁ。
10 年前から、もう一度 SP レコード再生を楽しんでいます。SP はホントイイ音だよ。バリレラ(カートリッジ)を使って再生し、もう一度聞きたい!っと思う再生ができるようになってから、毎日時間を忘れ、部屋にこもっています。妻は、時々生きてるか確かめる。いないと思ったらこの部屋を探すというほどです(笑)
カメラ、車、オーディオ、全て好奇心の対象でしたが、現在でも取り組めるのはオーディオですね。

エピソード・作り手との会話

私のオーディオ機器は、つくり手との距離が近いんよ。
3533 購入後に 6 畳ほどのオーディオ専用の部屋をつくりました。自作のアンプとタンノイ Autograph で鳴らしていたんですけど、あのスピーカーは意地が悪い(笑)自分の納得いかない鳴らせ方しかできず困っていたところに牧さんがいらした。「マズいときに来たなぁ~」と思っていたら、牧さんが「他の家のタンノイより良くなっていますよ」って褒めてくれました。そしたらころっと気を良くして、その時はごますりだったかもしれませんが、気持ちが楽になったなぁ。
結局今でもそのオーディオセットを使っています。

他とちょっと変わっているのはね、3533 の下にヘルツ工業のエアばね防振板を敷いてるんですよ。精密機器用の防振材のメーカーなんだけれどね、これで外からの振動を省いています。実はね、ヘルツの社長に私が手紙を書き直訴しました。
そしたら何とね、社長がその手紙をもって銀行に融資を願った上で製造してもらったんですよ。社長も音が好きで訪問頂きました。これは空気で宙に浮いてる状態なの。この技術力は凄いね。やっぱり専門メーカーの作ったものだけあって素晴らしいよ。

文化貢献が生き甲斐やね。

(岡山県倉敷市大原美術館に)大原コレクションというモノがあります。クラレ社の創業者大原さんが欧米からレコードを持ち帰ったものが寄贈されています。10 年ほど前に気になって学芸員に聞いたら、「たまに再生するくらい」と聞きました。私は SP との付き合いもあったので、この資産をなんとかしたいと、館長と私と私の兄で話しデジタル化をすることを決めました。そしたら市長も賛同してくれました。

当時は、美術館で MC カートリッジで再生してたんですがノイズが多かったんですよ。再生方法も蓄音器とは異なりますから良い音では鳴っていませんでした。いろいろ調べて「バリレラ」というカートリッジで再生した音を聞いてもらいました。そうしたら皆立ち上がるほどの違い。これには驚いたなぁ。館長、学芸員も目を丸くするほどの音質でした。これをきっかけにデジタル化を始めました。

ポイントは2つありましてね、SP は 1 枚 3 分そこらで終わってしまうので人が付きっきりでないといけない。だからその効率化。そして 70 年以上経った原盤の保存が目的。
もう一ついうと、単にデジタル化する=記録では無く、「もう一度聞きたいな」と思える音で保存したいんです。デジタル化業者さんは 2 千円ほどで記録してくれますが、3533 でデジタル化した音とは全く異なります。(アナログ専門誌にも送り、称賛頂きましたよ^^)とにかく録音に必要な機器間にはね、切り替えスイッチみたいな余分な物を介さない。ダイレクトに録音する。そういうピュアさにこだわっています。ヘッド・イコライザーアンプに必要だった直流 12 ボルトを、鉛バッテリーで駆動しています。乾電池ではダメですよ。あれは缶が磁性体だからね、鉛は磁性体じゃないでしょ。だからノイズが全くない。そんなこと日々やってますからね、妻は私の部屋が工場だって笑います。

ところでね、SP っていうのは回転数が 78 回転なの。だから本当は 3533 では鳴らせないの。だから SP 盤が再生できるようにモーターのプーリーを特注でつくりました。知り合いの技術者に頼んで作ってもらったんだけども、なんやら計算式があるみたいなんだけどね、回転をカウントしたら一発で 78 回転だった。あれには呆れたなぁ。私より 10 も歳下なんだけどね、彼は凄いと思ったよ。

今は大原美術館の所蔵約 3,000 枚の内、やっと3分の1終わった位。後 10 年はかかりますね(笑)SP 盤は溝が深いし回転数も早いので、溝が欠けているとレコード針を弾き飛ばすほどやんちゃですが進めています。たのしみやね。

※大原美術館の収蔵品で製作したCDRは、音源保護が目的であり、販売や貸出は行われていません。

オーディオの楽しみとは?

デジタルの反対側に位置する 3533。これで再生した図太い中域の魅力が好みなんですね。それから蓄音機で鳴らすべくつくられた SP 盤の溝の太さ、78 回転という高速回転。これが好きやね。
これをやったらね、広島カープの勝ち負けは気になるけどね、テレビなんて見てられないんよ(笑)
自分が良ければいいってのもあるけどね、私は皆が良いと思うほうが良いと思うんよ。それを目指したい。

好きな音楽はいっぱいあるわぁ。おおざっぱに言うとね、バイオリン、シンフォニーの中低音が好き。弦楽器が好きなんだ。大学生の時バイオリンを弾いてました。私の楽しみ方は、ひたすら聞くことですね。疲れる音はダメです。自然の音でやさしい音になっていないと。

CD やハイレゾも聞きましたけど、好きになれないんです(笑)。デジタルの仕組みは良いと思いますがノイズを全て省いて製盤すること(つくり方)が良くないんじゃないかと思いますよ。ライブ盤なのに拍手やどよめきを無くしちゃうなんて。雰囲気を残さない音作りが見えてきた時に、CD は好きになれなかった。「音」では無く「圧」のみです。いい出汁なんだけど、塩けが無いんですよ。雑音を綺麗に掃除しすぎてる。そもそもの音源にあるノイズはさわらんで欲しかったなぁ。私には不要な音なんて無いんよ。