#182 ファッションデザイナー 緒方 義志

大事なデータをHDDに入れて世界中で持ち運ぶ自分にとって、最も重要視するポイントは「耐衝撃性」

第182回目の@Professional Usersはファッションデザイナーの緒方 義志(おがた よしゆき)さん。伝統と革新の境界を取り払い、今日的な感覚と時代を超越した自由な発想で日本人ならではの服飾デザインとスタイルのあり方を追求すべく始まったブランド、それが緒方 義志さんの手がける”義志/yoshiyuki”です。特に緒方さんが10年以上に渡って展開する「地下足袋」は進化を続け、時代や国境を越えてファッション界では重要な一足になっています。そんな緒方さんが最近バッファローのポータブルハードディスク、HD-PGF4.0U3-GWHA(ホワイト、4TBモデル)を自身のクリエイティブに導入したとのこと。早速LAVAが東京、入谷にある緒方さんのアトリエ「フリウ」を訪れお話を伺いました。

プロクリエイターが選んだ商品

Creator's Profile

緒方 義志

緒方義志。着物や袴、武道着や半纏、足袋や草履など、日本の服飾文化に見られる独自の意匠や機能性を現代の普段着の中に程好く落とし込み、今日的な感覚と時代を超越した自由な発想で日本ならではのスタイルを国内外に向けて提案・発信すべく自身のブランドを展開。その商品群の中でも、特に「義志」の創り出す地下足袋ラインは、革新的なデザイン性と日常生活での使用を想定した機能性を併せ持った進化形ハイブリッド地下足袋として注目を集めている。同ブランドのデザイナーとして活動する傍ら、新しい「日本流」を仕掛けるプロデューサーとしての役割にも力を入れ、伝統工芸や地域産業とのものづくりの取り組みにとどまらず、伝統芸能からストリートパフォーマンス、ミュージシャンから格闘家に至るまで、エンターテインメントや全くの異業種とのコラボレーションや衣装製作にも携わり、常に新しくありながら日本ならではの個性を引き出す表現手法でブランドの世界観を発信し続けている。

Interview

大学時代は現代の感覚で日本らしいものをクリエイトしていきたいと思っていました

——ファッションデザイナーの緒方 義志さんです。とても個性的なこのファッションブランドを立ち上げるまでの経緯を教えてください。

僕は元々は体育会系で、小、中、高とサッカー三昧の子供でした。小学校の頃はみんなと同じようにジャッキーチェンやブルースリーが大好きで、アクション映画を観まくっていました。ジャックや真田広之さんも好きでしたね。必殺仕事人も(笑)。アメリカのアクション映画にもはまりました。中学に入ってからはその影響でアメリカンハードロックを聴きまくります。そのルーツをたどるとカントリー音楽に行き着き、挙げ句のはてに西部劇も好きになりました(笑)。

——全く義志ブランドを感じさせないスタートですね(笑)。

全く(笑)。ファッションもウェスタンブーツにシルバーのチョーカーといういでたち。勢いあまってテンガロンハットまで買ったりしましが、顔の作り的にToo Muchでした(笑)。そんなアメリカ好きもあって高校を卒業して大学に行くまでの2ヶ月間テキサスとフロリダに語学留学しました。

——帰国後は東京の大学ですか?

はい、上智大学の今は名称が変わってしまっているのですが比較文化学部というところに行きました。世界中の留学生、海外からの帰国子女、国内にあるインターナショナルスクール上がりの学生達でほとんどを占める学部です。なので、その学部ではすべての授業が英語で行われます。学内での会話も英語の比率がかなり高いのですが、英語は高校生からまあまあ得意な方で、当時はアメリカ人の彼女がいたりもしたので、なんとか適応できた感じです。

——外国にいる感覚で学校に行けていいですよね。

そうなんですよ。なので大学での友達も外国人が多く、彼らの買い物に付き合って原宿や都内のデパートに連れていったりしていました。彼らはせっかく日本に来ているのだからということで当然日本のものを欲しがるんですが、例えばデパートに行くとフロアーガイドがあってそこに書いてあるブランド名はほぼ英語かイタリア語かフランス語なんです。

——確かにそうですね。

友達は「日本のブランドはないの?」と。でもブランド名を見るだけではどれが日本のブランドかもわからないんです。国内ブランドでもそのほとんどがブランド名は横文字ですし。そこで気づいたのはファッション界では日本語を排除しているのが当たり前になっているということです。それがなんだかぶざまな状況に思えました。国内ブランドはありますが、そのスタイルや感性、ブランドの空気感などは完全に海外よりで、特にアメリカやイギリス、イタリアやフランスをはじめとした欧米のカジュアルやハイファッションをインスピレーション源にしているものが主流だった気がします。ヨーロッパやアメリカの様々なカルチャーの中から何かしらのコンセプトを拾い上げてそれらしいスタイルにまとめ上げているというか・・・。いずれにしても、国内ブランドのほとんどが日本というアイデンティティをむしろ表に出してはいけないという強迫観念に駆られているようにも感じました。とにかくその当時、日本人として日本ならではのファッションを友人たちにいろいろと見せてあげたかったのですが、そういうものが見つけられなかったんです。

——なるほど。それはファッション界だけに言えることではないですがまさしくその通りですね。

さらには、自分自身ももっと日本人としてのアイデンティティを自分のファッションに投影したいという思いが強くなってきました。なのでウェスタンブーツは脱ぎ捨てて、その反作用で下駄や雪駄を履いたりもしていましたね。靴の方が絶対歩きやすいんですが(笑)。でも日本人としての「らしさ」というものを普段着のどこかに取り入れたかったんですよね。

——似合うからいいと思います。僕は絶対似合わない、下駄は。

確かにLAVAさんは。。(笑)でも明治時代以降から「舶来ものは最先端でかっこいい」という日本人の感覚に拍車がかかり、今でもその感覚は根強く残っていると思います。その通念のようなものに対してどうにか抵抗したいと思う自分がいたんです。アメリカやヨーロッパの文化を追いかけるだけじゃなくて、日本や日本人というアイデンティティーを日常生活や日々のファッションの中でもっと感じたい。そのルーツは生活のいたるところに残っているし、伝統文化もまだまだ生きている。現代の感覚でそういった日本らしいものをクリエイトしていくことは大事なんじゃないか?そういう想いに日々包まれていたのが僕の大学時代でした。いつか「日本流のファッション」を発信したいと思うようになっていましたね。日本人のアイデンティティーが息づく服を作りたいと。

——では大学卒業後は洋服関係に行ったんですか?

いえ、自分で事業を始めるための勉強だと思い、就職して働きました。でも実はその影で服を作って原宿のお店で売ってもらったりしていました。その時に作ったのが空手着のパンツをベースにしたもの。それを普段着として履けるようにデニムで作りました。

——実際にはその頃からもう今の「義志」につながるテーマがあったんですね。

はい。日本の長い服飾文化の歴史との接点を感じられる現代の普段着をブランドとして構築したいというテーマが常に頭にありました。今でもそのテーマを追い続けています。未だたどり着けていませんが。空手パンツを製品化した次には、Tシャツを作ろうと考えました。ちょうどその頃、日本ではアメカジやトライバル系のスタイルから派生した流れの中でいわゆる「和柄系」も流行りだしていました。だけど、そういうベタな和柄というか、外国人がお土産として好みそうな分かりやすい和柄というものが、全然かっこいいと思えなくて。やりすぎというかケバすぎというか。自分が思い描く日本らしさは、もっとソリッドでミニマルな感覚、例えば徹底的に無駄を削ぎ落とした図像である家紋や幾何学模様などでした。そんな感覚でTシャツのグラフィックを製作してカッティングにもこだわった独自のTシャツボディにプリントして発売したところ結構売れたんです。そんな手応えも手伝って、ひとつのモチーフを図案化していくような感じで日本の伝統的な衣服もシンプルにデザインし直していくことで昔のものが今っぽく変化していくんじゃないかと思いました。その無駄をそぎ落としてフォルムを洗練させるという方法論でTシャツ以外のアイテムも徐々に増えていきました。

——まだその頃も会社員ですよね?

そうです。でもこっそりウェブサイトでも販売するようになりました。そうすると、服づくりの仕事と販売業務がさらに忙しくなってきたため、そろそろこの仕事に集中して本気でやっていこうと決心して会社勤めを辞め、31歳のときに株式会社義志を設立しました。今年でスタートから16年になります。

日本の伝統を進化させていくためにファッションだけでなく様々なジャンルで活動

——「義志」での活動内容を教えてください。

ブランド「義志」のデザイナーとして全てのアイテムのデザインを行いながら、ビジュアル制作のディレクション、別注企画のプロデュース、海外市場へのセールス活動や地味な生産管理まで、小さな会社なので何でもやります。展開している商品としては、羽織、パンツ、シャツ、カットソー、地下足袋、草履、手ぬぐい、カバン、ベルトなど、アパレルブランドが作る一般的なアイテムはほぼやっています。ブランドの根底にあるものが「日本の服飾文化にある独自の要素をほどよく洋服のスタイリングの中に落とし込んでいく」。何屋さんですか?と聞かれたら洋服とは言わず「服屋です」と言っています。かと言って和服ではないんですが。もともと僕はファッションデザイナーになりたかったわけではありません。消えかけている日本独自の文明や文化とのつながりをもう少し濃くしていきたいというのがメッセージでもあるので、ファッションだけでなく音楽やエンターテインメントの領域とも積極的に関わるようにしています。

——それはイベントプロデュースの仕事ですね。

はい。志を共有できる人たちと組んでまだまだ進化する日本というものを見せていきたいというのがあります。「日本はもっと面白い」というよく自分が使うフレーズがあります。伝統をそのままの形で残すことも大切ですがそれだけでなく、それを進化させていくことも大事です。そのためには様々なジャンルの方々と活動を共にすることでたくさんの刺激をもらいながら相乗効果や化学変化を起こしていくことが大事だと思っています。もちろん、自分がかっこいいと思えるアーティストたちに義志の服を着てもらえるのは最高に嬉しいことですし、そういう人たちと組んで表現活動に関われるということは自分にとって本当に価値のあることです。

——上海万博のプロデュースもしていますね?

はい、上海万博のジャパンパビリオンで中小企業庁が日本の地場産業をPRする期間があったのですが、その間のエンターテインメントステージの演出を任せて頂きました。自分もいい経験ができましたし、現地でもとてもいいリアクションを得ることができました。

——ミスユニバースのクリエイティブについては?

ミスユニバースは過去4回、日本代表のナショナルコスチューム(民族衣装部門)のデザイン・プロデュースを手掛けました。ミスユニバースの審査には3つの衣装部門があってひとつはイブニングドレス、そして水着、もうひとつがナショナルコスチュームです。僕は2006年から2011年の間で4度に亘ってそのナショナルコスチュームを担当したのですが、ちょうどその頃が過去のミスユニバース・ジャパンの歴史の中で最も勢いのある時代だったので、とても良い経験をさせてもらったと思っています。衣装のクリエーションについては、総じて「強さ」を最も重視して制作を行いました。世間ではいろいろと賛否両論があり、特に批判的意見として「日本人女性の奥ゆかしさ感じられない」などとと言われましたが、それは全くその通りで、そもそもミスユニバースは女性が自分をアピールする舞台なわけで、奥ゆかしさなどは少しも表現する必要性を感じませんでした。「奥ゆかしさ」はあくまでも日本人女性の美徳のひとつではありますが、それがすべてではありませんから。結果として、もっとも女性らしさから遠いところにある甲冑という装束をナショナルコスチュームにして2006年大会に臨んだ知花くららさんは、ベストナショナルコスチュームを受賞し、総合でも2位という素晴らしい結果に終わりました。それ以降の衣装はすべて着物をベースにしたデザインでしたが、革で着物を作ったり、下駄に12cmのヒールをつけたり、着物に足袋ブーツを合わせたりと、どれもかなり主張の強いスタイリングになったと思います。

——それは大功績ですね。素晴らしい。では義志の服がスタートするところから完成するまでのクリエイティブのプロセスを教えてください。

はい。義志ではこの地下足袋という日本独自のフットギアを10年以上に渡り作り続けています。それ以前は履物としては下駄しか作っていませんでした。下駄は見た目も履き心地も大好きなのですが、現代の都市生活において十分に機能的かつ安全かと言えばそうではないし、まして世界基準で考えたときの普遍的価値というのはやはり靴に劣ってしまいます。日本独自の普段着のスタイルを構築していく中で、今現在の生活環境や服飾文化に無理なくフィットするかということはとても重要です。さらには日本以外の文化圏でも等しく価値を感じてもらえるスタイルというものをずっと考えています。その視点に立った時、地下足袋には十分な普遍的価値があります。履物として当たり前に求められる履き心地の良さや歩きやすさ、快適性や安全性などは靴に劣らないどころか機能性で勝る部分があります。地下足袋は足の親指の部分が分けて作られているところがポイントです。ではそれは何故か?そもそも足に指があるということはその指にも当然役割があるということです。手袋で考えれば、もし手袋に指の部分がなければすごく使いづらいですよね。でも親指が分かれているミトン形になると急になにかをつかめるようにまります。靴にはそのように指を分けるという発想はありませんが、地下足袋は拇指(ぼし)をしっかりと活かすような構造になっています。とび職人や大工が地下足袋を愛用しているのは、純粋にその方がパフォーマンスが上がるからです。和太鼓の世界でもみんな地下足袋を履いています。何故ならこれがいちばん強く踏ん張れるからだそうです。そう考えると足の親指の役割はとても大きいことがわかります。しかし昔ながらのクラシックな地下足袋は底が薄いので、硬い地面ばかりの今日の都市生活ではすぐに足が疲れてしまいます。そこで、現代の都市生活でも快適に履ける地下足袋を作ろうと考えました。プラス今のファッションとも親和性の高いデザインを追求したものにしたかったのです。昔ながらの地下足袋は座敷足袋の延長線上の発明品なので、アッパー部分は綿などの生地で出来ていてシルエット的にはすごくタイト。靴下レベルです。足のボリュームがものすごく小さく見えてしまうので洋服のパンツスタイルなどと合わせようとすると結構スタイリングが難しいんです。そこで、現代のファッションにもフィットするように靴づくりの製法を取り入れて地下足袋を再構築しているというのが義志の地下足袋の最大の特徴です。アッパーには革を多用し、ワークシューズやブーツ、スニーカーやスリッポンシューズなど様々な靴の要素を取り入れた、いわばハイブリッド地下足袋です。靴底にはしっかりと厚みを持たせて、硬い地面を長時間歩いても疲れないようにしています。この新作「日向(ひゅうが)」ではより足元の存在感を意識して、ボリューム感にこだわりました。ソールの部分にもかなりの試行錯誤を重ねました。アッパーの渕を外に出してステッチで抑えていくというステッチダウンという製法で作ることでソールの部分が外に広がるのですが、さらにミッドソールとアウトソールを末広がりにデザインすることでソールのボリューム感が増し、足元の存在感がかなり強い地下足袋になりました。履いた時の安定感も抜群です。そのあたりが新作日向の最大の魅力だと思います。まだまだこの地下足袋シリーズは進化を続けていくはずです。

——これは見たこともないしファッション性にも優れているし機能性も抜群だし。まさに日本が世界に誇る最高の地下足袋だと思います。今後の義志でやりたいことはありますか?

高級革靴を作る技術で地下足袋を作ってみたいです。職人さんが全て手縫いで作っていく「ハンドソーンウェルテッド」という技法があるんですが、それでドレッシーなまるで革靴のような地下足袋を作れたらなと。世界のファッションにも刺激を与えられる日本独自のアイデアでこれからも勝負をしていけたらと思っています。

それぞれの国や民族、個人の価値をぶつけ合う方がグローバルな社会はより面白くなる

——世界に誇る我らが義志ブランドの大活躍をとても楽しみにしています。ではパソコンの話をしましょう。お使いのパソコンとソフトを教えてください。

パソコンは富士通のデスクトップ型のパソコンで、ソフトはイラストレーター、フォトショップをメインで使っています。パソコンの用途はMD(商品計画)や生産管理、あとは経営計画や細々した作業をエクセルを使ってやっています。でも最も使うのはイラストレーターを使用してのデザインの作業です。パソコンで作業をすることは好きですね。自分は絵心がないので機材に頼った方が綺麗な線も引けますし、色のシミュレーションや細かい仕様を少しずつ変えて違いを見比べたい時などはパソコンの方が速いし便利。そういうこともありパソコンでデザインをしていることはとても多いです。

——緒方さんご使用のバッファローのポータブルハードディスク、 HD-PGF4.0U3-GWHA(ホワイト、4TBモデル)についてお聞かせください。

まず僕にとってのハードディスクの用途は基本バックアップとして使うことです。家では仕事はしないようにしているんですがたまにアイデアなんかを思いつくと、自宅のPCで唐突にデザイン作業をやり始めたりすることがあります。一瞬のひらめきがクリエイティブの世界では大切ですからね。それは夜中の時間にも多く、なにか思いついたりするとこのバッファローのポータブルハードディスク、HD-PGF4.0U3-GWHAに入っているデータを取り出し作業を始めます。それからここ数年は定期的にニューヨークの展示会に出展をしているので、そこには必ずこのポータブルハードディスクを持っていきます。1週間ぐらいは毎回滞在するので、そこでもデザインの作業もしますし会社の業務的なことにも使用しています。あと展示会でバイヤーに渡すラインシート(商品の型番、価格、写真が載っている商品情報)をデータで必ずハードディスクに入れて持っています。バイヤーの数も多く展示会での反応が良いと紙やCDに出力したラインシートがなくなってしまうことがあるので、それをハードディスクに入れておけばその場ですぐにプリントアウトできます。それが海外だと特に便利さを感じますね。ましてはこれは4TBも容量があるので余裕を感じながら持ち運びができます。特に僕が気に入っているのは耐衝撃性。落としたりした時の衝撃に強い作りになっています。自分は動作ががさつです。4年ほど前に仕事をしていてそこから出かける際に急いで鞄を背負ったら机にあるパソコンに鞄をぶつけ地面に叩き落としたんです。バックアップを外付けハードディスクに入れておきましたがそのハードディスク共々落として大破してしまいました。そこには過去7年分のデータが入っていましたが全て消えてなくなりました。そんな苦い経験があるので今後は本当に気をつけないとと思っていたんです。そんな僕ですからこの耐衝撃を備えたバッファローのポータブルハードディスクに出会えたことはとてもラッキーで、見つけた瞬間「俺に必要なハードディスクはこれだ!」と声をあげたぐらいです(笑)。いや、この安心感、最高です。でも機能に過信することなく鞄を二度とぶつけないように大切にします。この中に入っているのものはデザインのデータを含む会社のあらゆるデータです。あとは毎シーズンに撮影するモデルを使ったコレクションの写真、ルックブックのビジュアル写真が入っています。これはカメラマンが撮っていて毎回何百枚も撮るので、終わってみれば結構な容量になっています。撮影時にはこのポータブルハードディスクを持っていって撮影終了後にすぐにコピーして持って帰ります。撮ってコピーしてすぐに見直せるので便利ですし余計な時間もかかりません。書き込みも今まで使ったどのハードディスクよりも速いです。以前使っていた某ブランドのものよりも倍速い。バッファローも進化しているんですよね。素晴らしいことだと思います。

——ありがとうございます。義志の進化も素晴らしいと思いますよ。バッファローのポータブルハードディスク持って日本を背負ってガンガン海外に出ていってください。楽しみにしています。では最後に緒方さんのようなファッションデザイナーになりたい人たちにメッセージをお願いします。

ファッションデザイナーに限らずなにかを表現する人は同志です。通信と流通が発達して地球が小さくなったと言われるこの時代ですが、いわゆるグローバリゼーションの名の下に画一化された地球に向かっていくよりも、それぞれの国や民族、それらの異なるルーツを持った個人の価値観を表に出してぶつけ合い交換し合い互いが刺激し合っていく方がグローバルな社会はより面白くなります。是非みなさんも地球を面白くする役割を持った人間として個性をバチバチぶつけ合っていきましょう。そういう同志たちと共にいつまでも仕事をしていけたら僕も幸せです。

——今日はどうもありがとうございました。

Interview Photos

ここからは義志の服を緒方さんご本人に説明してもらいます。「義志のクリエーションは空手着から着想を得てデザインしたパンツ、「空手袴」の製作から始まりました。「空手袴」とは、空手道着の下衣を普段着として再構築した義志の商品ラインの名称です。「空手」袴と呼んでいますが、柔道や合気道のように剣や弓などの武器を使わない徒手武道の道着の下衣は基本的に同じ構造です。ただ、空手がこれら武道の中でもっとも足を振り回す印象が強いことから、「柔道袴」でも「合気道袴」でもなく、「空手袴」と名付けるのが最も動きやすさを感じてもらえるのではないかと考えてこの名称にました。もちろん、僕自身が空手を学んできたことへの愛着もあります。」

「こんなにも機能性が高くデザイン的にもユニークな履物を作業着や祭りの装束などといった特定の枠にはめ込んで用途を限定してしまうのはあまりにもったいない。義志はそんな付加価値の高い日本由来のフットギアである地下足袋をあくまでも現代の日常生活における普段着のファッションとして提案しています。」

「インタビューでも話した新作地下足袋「日向 / HUGA」。」

「直線的な襟のデザインで着物ならではの風貌を帯びた、ジャケットとは一線を画す日本的羽織の提案です。素材には、経糸と緯糸の両方にインディゴ染めの綿糸を使い、スーツ地としても定番のバーズアイ柄に織り上げたダブルインディゴデニムを使用しています。ヤスリのようなザラザラとした生地目が特長で、細かい凹凸感のある表面に程よい色落ちのアタリを加えることにより、さらにインディゴらしい深みのある表情に仕上がっています。」

「東京都の台東区にある義志のアトリエ兼店舗、「フリウ」。フリウ店内にはウェブストアでもまだ販売されていない最新の商品を見ていただくことができます。」

とっても素敵な義志のアトリエ「フリウ」で作業をする緒方さん。ここはもともと写真の撮影スタジオだったらしいのですが、義志ブランドの魅力ともバッチリ合っていてクールでもあり居心地の良い空間でした(映像インタビューでアトリエの風景が観られます)。和テイストとパソコンのマッチアップというのもなかなかいいもんです。

僕のイベントにはよく来てくれる緒方さん。実は僕が渋谷の東急ハンズの売り場のプロデュースをした際も緒方さんの義志ブランドを1階で展開してもらったんです。あの名作、「地下足袋」は多くの人にその素晴らしさを伝えたいですからね。今回ゆっくりと彼の熱い話が聞けてよかったですし、自分自身ももっと内の炎を大切にしながらより外を向いていかないとと気合が入りました。いつかお互いの個をぶつけられるコラボレーションができたらいいですね。より高く、進め義志!!!

「義志の空手袴は武道着の持つ動きやすさと着る者の気持ちを引き締める程よいテンションが絶妙に共存しています。」

「義志の地下足袋シリーズの中で近年人気の高い「飛鳥型第1」は、古き良きスニーカーの風貌を帯びた6穴レースアップ仕様の総革地下足袋。固い地面の多い都市生活での使用を特に意識し、ミッドソールには厚みのあるEVA(衝撃緩衝材)を挟みながらも、必要以上に柔らかすぎない少し固めの履き心地に仕上げています。」

「空手袴シリーズの中でも人気の高い「空手袴型第15」。コーディネートのしやすいすっきりとしたクセのないシルエットが魅力です。」

「高級武道着(主に柔道、剣道、合気道)に使用される二重刺しの肉厚な刺し子織り木綿で製作した雑嚢(ざつのう)、すなわちダッフルバッグです。持ち手にはナイロン混の綿素材で仕立てた武道用の帯をそのまま採用しています。道着素材だけに耐久性が高いのは言うまでもありませんが、同時に地肌に着用する衣類用の素材としての側面を持っているため、肌触りが見た目以上に柔らかいのが特長です。汚れたら洗濯機に入れて普通に洗えてしまうというところも、道着としては当たり前ではありますが鞄としてはとても便利な点ですね。」

緒方さんご愛用のポータブルハードディスク、 HD-PGF4.0U3-GWHA(ホワイト、4TBモデル)です。「特に僕が気に入っているのは耐衝撃性。落としたりした時の衝撃に強い作りになっています。自分は動作ががさつです。4年ほど前に仕事をしていてそこから出かける際に急いで鞄を背負ったら机にあるパソコンに鞄をぶつけ地面に叩き落としたんです。バックアップを外付のハードディスクに入れておきましたがそのハードディスク共々落として大破してしまいました。そんな苦い経験があるので今後は本当に気をつけないとと思っていたんです。そんな僕ですからこの耐衝撃を備えたバッファローのポータブルハードディスクに出会えたことはとてもラッキーで、見つけた瞬間「俺に必要なハードディスクはこれだ!」と声をあげたぐらいです(笑)。いや、この安心感、最高です。」と、もうなくてはならない存在に。書き込みの速度にも感動していましたよ。

Creator's Favorite Foods

緒方 義志の好きな料理“この一品!” 「鰻屋 慎(しん)のかき揚げ天丼」

緒方さん曰く、「アトリエ近くの大好きな老舗店です。鰻も美味しいですが僕はとにかくここのかき揚げ天丼が大好き。向かいの天ぷら屋さんより美味しい(笑)。ひとつひとつを丁寧に作っているのが好感を持てますし味に独特な上品さも持ち合わせているんです。必ず大盛りで食べます!」

今回登場した商品

HD-PGF-Aシリーズ

USB 3.1(Gen1)に対応した耐衝撃ポータブルHDD。本商品は万が一の落下から守るため「衝撃吸収フレーム」(板バネ)と「衝撃吸収ゴム」を組み合わせることで内蔵ドライブを外部衝撃から守る高い耐衝撃性能を実現します(※)。また、USBケーブルのグラつきを防いでコネクターへのストレスを軽減するコネクター保護設計(実用新案出願済)を採用。コネクター部分の故障リスクを減らします。またWindows 10専用のバックアップソフト「スマートツインズ」を添付。データのみならず、システム領域のバックアップにも対応しており、大切なデータもシステムもまとめて簡単にバックアップ・復元が可能です。

※すべての状況・環境で、HDD・データ・外装ケースが破損しないことを保証するものではありません。また、動作中のHDDの破損を防ぐものではありません。ドライブを故意に落下させたり、衝撃を加えないで下さい。