時代を超えて、愛され続ける理由。
メルコ3533  <糸ドライブプレーヤー> モノ語り

メルコ 3533 モノ語り 1/高松 重治

目に見えないところまでの作り込みというのは、長い時間使うとにじみ出てくるものなのです。

出会いはどんな感じでしたか?

会社の先輩2名がメルコ製糸ドライブプレーヤー 3533 を所有していました。その一つが、今ここにあります。
私は、大学を卒業してトリオ(現在の KENWOOD ブランド)でチューナーを開発していました。その後、先輩のモノづくりを支持してケンソニック(現アキュフェーズ)に移りました。会社では、チューナー開発の後に、長らく商品企画をしていました。現在は顧問をしています。(2015年8月現在)

創業した春日二郎さん、出原真澄さんが 3533 を所有した背景は、アキュフェーズが世界一の商品を開発するために必要なプレーヤーとして認めたことだと思います。自社のアンプを鳴らすための一番上流の部分を担う訳ですから、相応のものを使いたかったのでしょうね。ガラードやトーレンス等の外国商品はありましたけど、やはり「日本の音」を追求するいう姿勢でメルコを選択したのでしょうね。
シリアル番号があるのかどうか解りませんが、台座のどこかに「JIRO KASUGA」と書かれたプレートがあったんです。
あの頃、これだけの物を良く作ったなぁ~という印象でした。その後、我が家へやってきたのですが、今も色々と試行錯誤しながら使っていて、今でも進化を続けています。

3533にお持ちの印象は?

このプレーヤーはとても力強い回転が得られますから、レコードクリーナーを押しつけても回転数が安定しています。とにかく重くて迫力があります。モーターの回転をターンテーブルに伝える糸は、現在オリジナルがありませんが、細めのケブラー糸で代用しています。これだけでも音の印象が変わるほど繊細なのです。

再生するときには、ターンテーブルの上に牛革を敷き、レコード盤をのせて、さらに重量級のスタビライザーを載せます。次に霧吹きでシュッと水をかけます。クリーナーを盤に押し当てて拭きます。湿らせると静電気によるノイズを除去出来ると同時に音の馴染みがイイんですよ。牛革もホントは敷きたくないんだけど、レコードによってレーベル部分のカタチが異なっていたり、盤がスリップするので敷いています。
3533 は、一目で判る存在感、そしてはじめから壊れないように作ってあるという点で、本当に素晴らしいと感じます。
私は有機モリブデンでグリスアップしていますけど、シャフトはまだまだもつでしょうね、(ターンテーブル裏の制振素材のはめ込み方とか)目に見えないところまでの作り込みというのは、長い時間使うとにじみ出てくるものなのです。ライカやコンタックスといったドイツのカメラも好きで使うんですけど、実際に使うとわかる。
3533 はドイツの物作りに通ずるものがありますね。そして商品寿命が永いというのはやっぱりユーザーの為でもありますから、我々の社風とも通ずるところがあると思うのです。

エピソードはありますか?

3533 の下には制震の為に大理石の板を敷いています。その上に 3533 を置いてありますが、あまりに重すぎて、木製ラックの天板が反ってしまうのですよ。特に、この砲金製のターンテーブル自体が非常に重くて、軸受けのグリスアップの際だけ使用する「脱着工具」というのがあります。当時のオプションだったのでしょうかね、ご存じですか?
この様に丸い枠で、ターンテーブルに触れる面にはフェルトが貼ってあります。レンチで締め込み、ハンドルを引き上げると軸受けが見えてきます。重たいですから、足に落とさないようにしないとなりませんね。当時ユーザーのことを考えて、取り外す道具まで用意していたというのが素晴らしいと思います。

ああ、それから 3533 の脚部なんですけど、鋳物で立派に作られています。何かの角でぶつけてしまった際に塗装を一部割ってしまったのですが、キズの断面から幾重にも塗装が重ねられていることを知り、作り込みの丁寧さを感じました。
そういう姿勢が良いじゃないですか。

CD が出始めたときに、アナログレコードをかなりの数、手放しちゃったの。「これからはデジタルだぁ」ってね。しかしね、途中で、やっぱアナログじゃないと楽しくなくなった。 最近、ネットで買い戻すかのように、気になるレコードを購入しています。3533 を使うようになってからとても楽しんでいます。会社で製作した試作カートリッジをここで検証したり、仲間を呼んで試聴会したりオーディオ生活の中心に 3533 があります。
この部屋で試聴会を良くやるんです。皆アナログが大好きです。来月は、ザルツブルグ音楽祭に行きますが、ウィーンフィルの友人も大のアナログ好きです。

オーディオの楽しみとは?

私たちの若い頃は音に飢えていました。ジャズ喫茶や名曲喫茶なんてものがありまして、初任給が 3 万円に満たない当時でしたから、レコードはとても高価でした。リクエストカードに曲名を書き込み、30 分くらい待つと順番が回ってくる。そうして 1 杯 40 円だかの珈琲で随分と粘ったものですが、今思えば商売としてはどうだったのでしょうか(笑)今は数十秒で音楽が手に入りますが、我々の頃は「音」に飢えていたのでしょうね。懐かしく思い出されます。
今のご時世あまり気にしないと思いますけど、録音の善し悪しだってとても重要なのですよ。せっかくのシステムも、録音が悪ければ話になりませんからね。レコーディングの技というのも昔は名のある職人がいましたからね、そういうこともまとめて楽しめる音楽環境というのは、やはり良かったなぁと思います。

良い音で一度聴けば、その後きっと何かが異なってくると思うのです。会社の隣の幼稚園では、アキュフェーズのアンプを使ってもらっていますけど、幼い頃から耳を養うというのは良いと思います。そうして若い人への体験の機会を作ることが大切だと考えています。五感はそうした体験教育が助けになります。もっと良い経験をしてもらいたいなぁと思いますし、我々も機会を作らないといけないなと思っています。

ここにエジソンの蝋管蓄音機がありますけど、これ 105 年前のものです。昔の人だって音楽を楽しみたかったんだから、今も全く同じですよね。
ほら、今でもゼンマイを巻けばちゃんと鳴ります。お互いに105年後でも鳴る様な機械を作りたいですよね。オーディオを楽しむのに、球(真空管)であろうが、トランジスタであろうが、私はあまり関係無いと思います。要は自分の好きな音かどうかが重要だと思います。ここのセッティングも、数週間で印象が変わったりします。そのたびに設定値を変えるなどしていますから、日々進化しています。自分も変わりますからね、そうやって段々好みの音に近づければ良いんです。
あとはやはり見た目かな(笑)本当はトゥイーターも隠したい。で、とにかく配線なども美しく取り回して、美しくスッキリした印象になるのを心がけています。初めて見る人が、配線がゴチャゴチャしていて、「オーディオって汚いな」っていうことにはしたくないのです。

オーディオは人それぞれの楽しみがあればいい、でも美しくなくちゃ。そういうことも伝えたいなと思っています。

アキュフェーズ横浜本社。音作りの心臓部へ。

ここ横浜でアキュフェーズの商品は全て作られています。この建物ができた当時は見渡す限りの田園地帯でしたけど、今は住宅地のど真ん中になりましたね。
ここでは音についてはもちろんですけど、商品として手間のかかる取っ手の微妙な R 構造や、放熱フィンの効果と造形美。筐体のアルマイト処理の方法と色の調整、そしてノブのクリック感。そうしたことを一つ一つ大事にしています。商品の内部配線もユーザが開けることはほとんどないけれど、カタログ写真の通り美しいですよ。

ここは試聴室です。実際に商品としてかなっているか、出来上がったばかりの機材を試聴するのにも使います。アキュフェーズらしさをここで確認するということですね。新商品の音は自信をもって「この音です」と言い切る。そういうブレない姿勢が大切だと思っています。
新商品の音で、これを望む「お客の顔が見える」というオーディオショップの店員さんが名古屋にいます。実際、商談が成立するそうです。期待を裏切らない歴史やブランドは大切だと実感します。そうした思想や歴史の引き継ぎ手も大切。今日は若い技術者達は残業食を買いに出かけてますね。大変だなぁ、苦労かけてるなと思いますけど、ああして若い世代が引き継いでくれるのは頼もしいですね。